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横浜地方裁判所 昭和47年(行ウ)10号 判決

横浜市港北区菊名町七一〇番地

原告

居関食品株式会社

右代表者代表取締役

居関稔

同市神奈川区栄町一丁目七番地

被告

神奈川税務署長

杉山健太郎

右指定代理人

中村弘

和泉田三喜造

岡田俊雄

村瀬次郎

右当事者間の法人税額等決定処分取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告の原告に対する昭和四三年度の昭和四五年六月三〇日付法人税額の決定および無申告加算税の賦課決定(但し昭和四七年七月一八日付の裁決で一部取消された後のもの)は、課税所得につき二、八九〇、一七五円を越える金額を認定してなした部分はいずれもこれを取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告の原告に対する昭和四五年六月三〇日付、自昭和四三年四月一日至昭和四四年三月三一日事業年度の法人税額等の賦課決定はこれを取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  被告は原告の自昭和四三年四月一日至昭和四四年三月三一日事業年度の法人税、無申告加算税につき、所得金額を金三、三七六、一一〇円と認定して決定ならびに、賦課決定をなし、原告は同決定に異議の申立をなしたが、昭和四五年一一月二四日付決定を以てこれを棄却された。

原告は右棄却決定を不服として、昭和四五年一二月一二日付で東京国税不服審判所に対し審査の請求をなしたが、請求後三ヶ月を経過するも裁決がなかつたので本件訴を提起した。

二  被告のなした右賦課決定処分は、法人税法第二二条に違背する。

(一)  原告の第三者に対する債務につき、訴外居関糸子外五名の者が、その共有する建物に抵当権を設定したところ、昭和四一年五月一〇日抵当権者の申立に基づき、不動産競売手続開始決定(最低競売価額金三、二三二、〇〇〇円)がなされ、金二、九〇九、〇〇〇円で競落され、昭和四三年一〇月一八日競落人らに所有権移転登記されると同時に、訴外居関糸子らはその所有権を喪失した。

(二)  訴外居関糸子らは原告の委託によつて担保提供したにすぎず、原告が右訴外人らの建物所有権の喪失による損害を補償するのは当然であり、右補償額は所得金額の計算につき損金に算入すべきである。

ところで前記競落換価処分による剰余金三五一、二三六円は訴外居関糸子らに支払われているので、損金算入額は最初の最低競売価格より剰余金を控除した額である。

(三)  前記競落建物は原告の工場として賃借使用中のものであつたが、競落人らから建物明渡を迫られ、やむなく原告が右建物を金七、〇〇〇、〇〇〇円で買受け、昭和四三年一二月二〇日に内金一、〇〇〇、〇〇〇円を支払い、残額は昭和四四年五月以降の分割払いとすることになつた。

右建物は原告の事業の根源をなし、右買受のための支出金は必要経費であり、昭和四三年度中に支出した金一、〇〇〇、〇〇〇円は損金として算入されるべきである。

(四)  以上によつて損金として算入さるべき金額の合計は被告の認定した所得金額三、三七六、一一〇円を上まわり、昭和四三年度は欠損となるはずである。

しかるに被告は右損金を算入することなく本件課税決定をなしたものであるから取消されねばならない。

第三被告の答弁および主張

一  請求原因第一項の事実は認める。

二  同第二項の(一)の事実は認める。

同(二)の事実中訴外居関糸子らが原告の委託により担保提供したこと、剰余金三五一、二三六円が右訴外人らに支払われたことは認め、その余は争う。

同(三)の事実中、原告が建物を買受けたこと、代金を支払つたことは不知、その余は争う。

同(四)は争う。

三(一)  求償債務について。

1 原告は物上保証人に対する求償債務の価額の算定にあたつては、抵当権の実行により物上保証人が所有権を喪失した建物の時価を基準として計算すべきであり、当該時価としては裁判所が最初に定めた最低競買価額によるべきであると主張するが、物上保証人の求償権の価額は、時価(競売価額)を基準にして算定すべきである。最低競売価額は競売期日ごとに異なるので時価を算定する基準とはなりえないし、また抵当不動産が時価よりも低い価額で競売される虞があるとしても、物上保証人は自己の金銭を出捐して原告の債務を弁済し、または自ら抵当不動産を任意に第三者に売渡して、その売得金を以て原告の債務を弁済するなどの方法により低当競売による損失を免れ得るのである。

これを本件についてみるに、原告の訴外居関糸子らに対する求償債務は、抵当不動産の価額二、九一〇、九九一円(競落価格および利息)から物上保証人らが剰余金として返還を受けた三五一、二三六円を控除した二、五五九、七五五円および原告が抵当権の実行により免責をえた日である昭和四三年一〇月一二日以降本件事業年度の末日に至るまでの年五分の割合による法定利息五七、六七九円の合計額二、六一七、四三四円である。

2 ところで原告は、抵当権の実行によりその競落代金が原告の債権者らに合計金二、四六二、三一〇円配当されたことによつて、原告の債務につき免責をうけているから、前記求償債務の額のうち右免責をうけた債務額に相当する部分の金額については何ら損失は生じていない。

よつて原告の本件事業年度の損金は、訴外居関糸子らに対する求償債務額二、六一七、四三四円のうち免責をうけた債務額二、四六二、三一〇円を超える部分の金一五五、一二四円である。

3 仮に前記求償債務の全額が損金に算入されるとしても、原告は前記のように金二、四六二、三一〇円について免責されており、これと同額の益金が生じたことになるから、本件事業年度の課税所得金額には何ら影響はない。

4 なお、本訴提起後に、本件決定に対する審査請求につき、訴外国税不服審判所長は、昭和四七年七月一七日付で原告が本件事業年度中に負担するに至つた求償債務二、六一七、四三四円のうち一五五、一二四円は損金の額に算入すべきものとして、本件決定を右の限度において取消し、右課税所得金額は、三、二二〇、九八六円に変更された。

(二)  建物買取費用について。

原告は前記競売物件を競落人より買取り、本件事業年度において支払つた金一、〇〇〇、〇〇〇円を損金に算入すべきであると主張するが、原告が右物件を買取つたものであれば、右物件の購入の代価および右物件を事業の用に供するために直接要した費用の額は、それぞれ右物件の取得価額として原告の減価償却資産の価額を構成するものである。

従つて原告が右物件の購入代価として支払つたと主張する一、〇〇〇、〇〇〇円は本件事業年度の損金に算入すべきものではない。

第四証拠

一  原告

1  甲第一ないし第四号証を提出。

2  乙号各証の成立はいずれも認める。

二  被告

1  乙第一号証の一、二、同第二号証を提出。

2  甲号各証の成立はいずれも認める。

理由

一、被告が原告の昭和四三事業年度の法人税、無申告加算税につき、所得金額を金三、三七六、一一〇円と認定して、決定ならびに賦課決定をなし、これに対する原告の異議申立を昭和四五年一一月二四日付決定を以て棄却したこと、原告は右異議申立棄却決定に対し、昭和四五年一二月一二日付で、訴外東京国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、審査請求がされた日の翌日から起算して三月を経過しても裁決がなかつたこと、原告の第三者に対する債務につき、訴外居関糸子外五名の者(以下物上保証人らという)が、原告の委託によつてその共有する建物(以下本件建物という)に抵当権を設定したこと、昭和四一年五月一〇日抵当権者の申立に基づき、右抵当物件の競売手続開始決定がなされ、第一回の最低競売価額が金三、二三二、〇〇〇円と定められたこと、右物件が金二、九〇九、〇〇〇円で競落され、昭和四三年一〇月一八日競落人らに所有権移転登記がなされ、物上保証人らはその所有権を失つたこと、右競落換価処分による剰余金三五一、二三六円が物上保証人らに支払われたことはいずれも当事者間に争いがない。

二、原告は本件建物の競落によつて、物上保証人らに求償債務を負担し、その債務額は第一回の最低競売価額より前記剰余金を控除した額であり、これが昭和四三事業年度の損金として算入さるべきであると主張し、被告はこれに対し、求償債務額は最初の最低競売価額ではなく、競落価額を基準として算定すべきであると主張するので検討する。

抵当不動産の実行により債務者の委託を受けた物上保証人が、その所有権を喪失した場合、債務者は物上保証人に対し、求償債務を負担するが、その範囲は抵当不動産の価額(但し、物上保証人が剰余金の返還を受けているときはこれを控除した額)および債務者が免責を得た日以降の法定利息、ならびに避けることのできなかつた費用その他の損害の賠償である(民法第三七二条、第三五一条、第四五九条、第四四二条第二項)。

不動産競売につき競売手続開始決定をなした裁判所は、鑑定人をして競売不動産の評価をなさしめ、その評価額をもつて最低競売価額とし(競売法第二八条)、競売期日を定めて競売に付すのであるが、競売期日に相当の競買申込がなく、新競売期日において、右最初の最低競売価額より安価に競落された場合、競落価額は前記「抵当不動産の価額」として、また右最初の最低競売価額と競落価額との差額は特段の事情のない限り、前記「避けることのできない損害」として、いずれも求償債務の範囲に含まれるというべきである。

被告の主張するように、物上保証人は自己の金銭を出捐して債務者の債務を弁済し、あるいは自ら競売物件を第三者に売渡してその売得金を以て債務者の債務を弁済するなどの方法により低価競売による損失を免れることができるが、物上保証人には自ら債務者の債務を弁済する法律上の義務はないから、右のことをもつて直ちに物上保証人に生じた前記損害が避けることのできた損害であるということはできない。

さらに前記「免責を得た日」とは、本件の場合、競落代金の完納により不動産の所有権が競落人に移転した日をいうと解すべきところ、成立に争いのない乙第一号証の二によれば右完納の日は昭和四三年一〇月一二日であると認めることができる。

以上により、原告の物上保証人らに対する求償債務額は、前記最低競売価額金三、二三二、〇〇〇円から剰余金三五一、二三六円を控除した金二、八八〇、七六四円および原告が抵当権の実行によつて免責を得た日である昭和四三年一〇月一二日以降本件事業年度の末日に至るまでの年五分の割合による法定利息金六七、四八一円の合計金二、九四八、二四五円である。

ところで、成立に争いのない乙第二号証によれば、本件建物の前記競落代金中合計金二、四六二、三一〇円が原告の債権者らに配当されたことが認められ、そうすると原告は右債務について免責をうけており、求償責務の額のうち右配当された債務の額に相当する金額については損失は生じていないといわなければならず、求償債務額から右配当によつて免責をうけた債務額を控除した金四八五、九三五円が本件事業年度の損金に算入されるべきである。

三、原告は本件建物を工場用建物として使用しており、事業を継続するために右建物を競落人より買取つたものであるから右買取費用中本件事業年度中に支払つた金一、〇〇〇、〇〇〇円を損金に算入すべきであると主張するので検討する。

原告の右主張によれば、原告は事業継続のために新たに本件建物を買受けて所有権を取得したのであるから、右建物の購入代価の額は、固定資産の取得価額として原告の減価償却資産の価額を構成すると解すべきである(法人税法第二条第二四号、同法施行令第五四条第一項第一号)ところ、減価償却は法人において自ら損金に計算した場合にはじめて税務当局においてその適否を調査するものであり、本件において原告が前記買取費用の額を減価償却して損金に計上したとの主張、立証は存しない。

よつて被告が前記金一、〇〇〇、〇〇〇円について損金に算入しなかつたことは何ら違法ではなく、原告の前記主張はそれ自体失当である。

四、前記乙第一号証の一、二によれば、訴外国税不服審判所長は被告の本件課税決定に対する審査請求につき、昭和四七年七月一七日付で、金一五五、一二四円を損金の額に算入すべきものとして右の限度でこれを取消し、右課税所得金額は金三、二二〇、九八六円と変更されたことが認められる。

しかしながら、前記認定のように、原告の本件事業年度の損金は金四八五、九三五円として計算すべきであり、従つて本件法人税決定および無申告加算税賦課決定は、課税所得につき金二、八九〇、一七五円を超える金額を認定してなした部分についていずれも取消しを免れない。

五、以上の次第で、原告の本訴請求は課税所得につき金二、八九〇、一七五円を超える金額を認定してなした部分の被告の課税処分の取消しを求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 山田忠治 裁判官 仲家暢彦)

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